職人文化人類学

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【奈良行脚】錦光園七代目 墨匠 長野 睦さん「一人勝ちはしなくてもいいんです」

2022/2/28 職人行脚 Writer:仕立屋と職人 イシイとワタナベ

 1400年ほどの歴史があるものづくり、それが奈良墨です。

610年に高句麗の僧である曇徴が日本へ墨を伝えたことが、日本の墨文化の始まりとされています。(『日本書紀』より)その後、都であった奈良の町では、役所や神社仏閣など至るところで墨・筆・紙が求められ、墨の一大産地として栄えることになりました。そして、今もなお昔と同じ製法で墨を作り続けているのが、此処奈良なのです。

 その中の一軒、錦光園も奈良墨をつくり続ける家です。今回お話を聞かせていただいたのは、錦光園 七代目 墨匠 長野 睦 さん

  先日行っていたクラウドファンディングでは、460人程の方からご支援という記録的な結果を残し、奈良墨の産地と文化を残したい!と日々活動されています。

新しい挑戦をする一方、「本当はひたすらつくるだけの人になりたいんですよ、そのために帰ってきたんです。」と、自分がどうやったら集中してつくれる環境を整えることができるのか、ということを模索していました。

文化と歴史を背負いながらものづくりに励む長野さんの言葉からは、日々戦っているからこそ湧き出る本心と産地への希望を感じました。

「一人勝ちはしなくてもいいんです」
〜錦光園 七代目 墨匠 長野 睦さんのお話〜


『 外から帰ってきたからわかること 』

奈良県の県外就職率は日本の中でもとても高く、若者は県内になかなか残りません。多くの人は県外へ出て行ってしまいます。僕も奈良で生まれ育ち、23歳の時に一度就職で東京へ行きました。

▲実は仕立屋の最初の出会いは六代目 墨匠 長野 墨延さん。若かりし頃は各国で放浪経験アリ。グローバルな視点でお話がめちゃくちゃ面白い。(のちに「こんなヤツらが来たぞ」と睦さんに面白がって伝えてくださったことから関係が始まった)

外から奈良に帰ってきて改めて思ったことは、新しいことに対し積極的には動かないところだな、ということです。元々ここら辺の地域は商売に対してあまりガツガツしておらず、商売気が強いわけではない、ということも理由の一つかもしれません。
しかし、裏を返せばこの地域で誰も手をつけていないことができる、ということです。
1400年くらいの歴史がある業界なので、暗黙の了解とか秘密主義とか、本当に多く、これまでの慣例と違うことをすると目立ってはしまうかなと思ったのですが、その気持ちさえ吹っ切れてしまえば周りの目は気になりません

 新しい取り組みをするのは、この業界で一人勝ちしたいからではありませんもう衰退してしまっている奈良墨の産地を何とかしたい何とかしなければ自分たちの将来がなくなってしまうからです。

産業のために活動することは直接的な利益にはならないので、活動も難しい部分が多くありますが、自分の家のためにも、産地のためにも、「ただ墨を作っているだけでは駄目だ!」と考え、産地を立て直すことに力を入れています。

『 産地のための今自分ができることと今後の目標 』

うちを含めて奈良には8社の墨屋さんがあります。それ以外にも表舞台に出てこない産地をした支えしてくれた職人たちがいます。
昔は墨の需要が大きかったこともあり、量をたくさん作らなければならなかったので徹底的な分業体制で生産を行うことが通例でした。裏方で内職してくれる職人がいたからこそ量産ができ産地として成り立ってきました
しかし裏方の職人たちもどんどん廃業していったり辞めてしまったりしています。彼らに何かしらのスポットを当てて、少しでも皆さんに知っていただきたいと考えています
その職人がいたからこそ、墨屋の仕事が成り立っている、産地が成り立っているということを、少しでも記録していかなければ、と思い取材をしています。

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(↑長野さんが職人たちを取材をし、記事にしています。バナーをクリック!)

今後の目標としては、産地の墨屋さんと一緒に盛り上げていくことです。
奈良の独特の気質と、墨屋さん独自の秘密主義な部分があるので、関係性はまだまだ築けていないな、と思っています。自分みたいに1社個人で活動しているだけでも最近ではそれなりの反応をいただいているので、一緒に周りの墨屋さんとやっていけたらいいなと思っています。

『 産地で文化を守る 』

 他の墨屋さんと一緒に、産地がまとまって奈良墨の底上げをしていきたいというのが、一番の目標ですひいては「文化を守る」というふうに言い換えられます。

そこにはやはり需要が絶対に必要です。需要が減っているから墨作りを継がせたくないという気持ちもありますし、食べていけないから職人の仕事は継がないという若い人もいる。

需要を生むにはこの業界全体で国内外の大きな需要の塊を動かしていきたい。個人的には技術転用で違うものを作って求められるのではないく、墨で求められるということが理想の姿だと考えています。

『 墨の3つの役割 』

皆さんの概念の中で墨は磨って使うものというイメージがあると思います。だけど、それは一つの魅力にしか過ぎません。
大きく分けたら3つの魅力があると思っているんです。1つは、磨って書くという用途。書くという行為は筆も同じです。

墨は木型に練った柔らかい墨を入れて形を成形します。その木型の彫刻は本当に素晴らしい。2つめは美術工芸品的な要素があるということです。

それと、当たり前すぎて気づかれないのですが、墨は独特の香りがします。3つめはこの香りです。これは、他の工芸品との大きな違いかなと思います。

 「書く」という使用目的以外に、さらに「見る」楽しみに「香り」まである。2つめと3つめの要素も墨の魅力だな、というのが自分の中の解釈なのです。だから、そういう墨ができている。新しい商品は、自分の中で何も逸脱していないんです。

▲「香る」ことを追求した3D固形墨のAsuka。このような立体的な型は今まで無かったため、奈良の古楽面作り工芸師 中坊竜堂氏に制作協力を依頼し、新しい型を二人三脚で開発したとのこと。いい香り。

墨は「昔、子どものときはあったけどね」というものになってしまっています。その当時の思い出を誘発させるのは、間違いなく香りが一番だなと思っています。だから、墨の香りを強調するようなプロダクトをつくりました。墨を思い出し、また忘れられない存在にしたい、そんな思いを込めています。

錦光園
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